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現在発掘調査中の千石遺跡で、 9世紀代の堤とそれに伴う木樋が発見されました。 明後日、1月24日(土)の午後1時30分から 現地説明会があります。 場所 現地説明会の前に現場を視察してきました。 これも仕事です。 木樋(部分的にラップをかけられているのがそれです) 堤によって台地の端にあった谷地形を囲み、 そこに水を溜めて灌漑用水として使った遺構かと推察されます。 木樋は堤の延長方向に対し直行する形で 埋められています。 写真の上部が堤の内側(谷の上流側)の溜池、 写真下部が堤の外側(谷の下流部)で水を流す方です。 木樋の下側には木杭の列があり、 樋を固定するような形になっていました。 これを水流を調整する役目と解釈する人もいますが、 私は、堤の土留めか木樋の設置の役目の方が強いものと思います。 木樋の断面 丸太を割って、中をくりぬいて管にしています。 それに蓋をかぶせた格好になっています。 蓋がかぶっている部分は、暗渠として堤の下に埋められていたようです。 ちなみに、木の直径は約25センチ、穴の大きさは直径約10センチです。 木樋の上流側にはの蓋にはきれいに開けられた穴があり、 この穴に栓などして取水量を調整したのでしょう。 反対側の一方には管を継ぐための加工もしてあります。 周りの土層や掘り込みの様子からすると、 元は水門などを設けて配水をしていたものを、 その部分が機能しなくなってから改修して木樋を入れたのではないかと 個人的には思いました。 その推察が合っているかどうかはわかりませんが、 今回発見された樋管1本だけでは 到底この溜池からの配水はできないでしょうから、 別の場所にも同様の施設があったはずです。 こちらは縄文時代の自然流路跡 こうした川筋がここに水を運んできたようです。 ただし、9世紀代にはすでに土砂で埋まってしまっているようです。 流路が機能していた縄文時代の遺構もありました。 縄文人が食料のどんぐりを貯めていた穴・どんぐりピットの上面です。 写真で見える粒々はどんぐりです。 千石遺跡から見たスタジアムと田 この遺跡から水を配していたのは、 おそらく目の前の田圃。 一番下の低地よりも上の段にある部分、 つまり矢作川の後背湿地ではない少し高い土地の潅漑をしていたのではないかと思います。 もともと、潅漑農耕を勉強していた事もあるので こうした土木遺構を見ることが出来るなんて、 とても興味深いです。 現地説明会には私も出る予定です。 皆様時間がありましたら是非、現地説明会へお運びください。 |
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